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開業物語

開業物語

開業物語

2008年 兵庫県西宮市苦楽園 梅岡耳鼻咽喉科クリニック開院
2010年 医療法人 梅華会 開設
2011年 兵庫県西宮市 阪神西宮駅前梅岡耳鼻咽喉科クリニック開院
2013年 兵庫県芦屋市 JR芦屋駅前梅華会耳鼻咽喉科クリニック開院
2014年 兵庫県尼崎市 武庫之荘駅前梅華会耳鼻咽喉科クリニック開院
2016年 兵庫県神戸市 神戸本山うめはなこどもクリニック開院
2018年 兵庫県尼崎市 わくわくこどもクリニック開院

振り返れば人生の大きな岐路でした。
1992年、当時私は兵庫県立御影高校の3年生で、第一希望の京都大学工学部を受験。
将来は父の後を継いで機械関係の仕事をしてみたいと漠然と思い描いていました。

しかし、学力が及ばず、浪人生活へ。今にして思えば無謀な受験でしたが、両親は何も言わず、私を予備校へ送り出してくれました。

たくさんの参考書を買い込み、その年だけは一途に勉強に明け暮れました。
その浪人生活で大きな出会いがありました。

私には長い間耳を患い、長期に渡って通院している叔父さんが居て、私に仕事に対する考え方、医療に対する考え方を会うたびに熱心に教えていただきました。

私の本当にしたいことはなんだろう?

親の後を継ぐことがよいことだろうか?
正しいことだろうか?

そこからしばらく自問自答が続きました。

思えば両親は一言も私に自分の進路を指示したことはありませんでした。
小学生から部活動として野球部を選んだこと。高校を選んだこと。

全ては私の選択でしたが、自分の仕事と将来やりたいことが どうしても結びつけられませんでした。

自分のやりたいことができる仕事が一番の人生。

そう考え、熟慮の末、医学部に志望変更し、無事1浪の末奈良県立医科大学に進学。

確個たる信念を持って、耳鼻咽喉科医として医療の研鑽に励んできました。
ただし、医療技術の習得だけでは医師として到底一人前とは言えません。
現実の医療と、実際の日々の診療には大きな壁がありました。

いかに難解な医療を患者さんにわかりやすく伝えればよいのか?
もっと簡単な言葉で説明して、納得して満足してもらいたい。

コミュニケーション能力が問われ、そこでも多くの病院での実務で数多くの患者さんと接することでより深い見地にまで至ってきたと考えています。
社会に出て、仕事をすることで、人として成長する機会が与えられ、私は飛躍できてきたと確信しています。

そして郷土愛を胸に秘め、2008年に地元西宮に開業して、数多くの方々から支援をいただき、ここまで達成するとこができました。まだまだ道半ばですが、私一人の力では到底なしえなかった頂への道に達することができ、両親・家族・先輩・同僚そしてチームスタッフからの愛に深く感謝すると同時に責任ある医院運営を続けていくことが社会に対する恩返しであると深く感じる次第です。

思えばここまで来るのに、親の身になって、子を想う親の気持ちが身に染みてわかるようになりました。

強く私を戒め、根気強く教育を施してくれた父。
いつもたくさんの愛情を注ぎ、慈しんでくれた母。
たくさんの教えをいただいた、恩師、先輩の方々。
そしてともに遊び、汗を流した仲間たち。

私には“感謝“の気持ちしかありません。全て感謝です。
過去において起こったすべての出来事が私に、今こうして地域に貢献させていただく職業に 就く機会をいただくことができました。

私の医療理念を具現化してくれる大好きなスタッフと一緒に
一歩一歩成長していきたいと思っています。

私はこのクリニックを人材養成・修養の場ととらえ、新卒者を積極的に採用して、社会に貢献できる人材を育て、医療従事者というプロとしての誇りを持って羽ばたいてもらうように日々実践しています。

そして開業してから、人生の目的が更に研ぎ澄まされてきたように思います。

それは医療業界全体のサービスレベルの向上です。そのためのモデルクリニックとなれるよう日々精進してまいりたいと思っています。

医師の立場となって初めてわかったことですが、患者さんの待ち時間をできるだけ少なくしようとすると、つい患者さんとの話の時間を遮ったり、説明を簡略化したくなる気持ちがすごくわかります。ただそれでも私は当院に来院された患者さん一人一人が、持っている疑問点や症状に対して納得いただける環境を整備したい、スタッフとチーム一丸となって遂行していきたいと思っています。

そのためには医療技術の更なる研鑽はもちろんのこと、チーム一丸となってのサービス向上が欠かせないと思っています。考えるだけではなく日々実践あるのみです。一度きりの人生、悔いなく、新しいことにチャレンジし続けるクリニックであり続けたいと思っています。

東日本大震災という未曾有の事態に直面し、社会の荒廃が日々報道され、経済の停滞が長らく指摘され、すでに人口が減少に転じているわが国日本。今後の活力ある日本を取り戻すためには、日本人としての誇りを持ち、こどもたちを初め我々がもっと未来に希望が持てる社会が必要だと思います。そのためには、とっても小さなことですが、地域の健康を維持し、サポートすることが、一人の耳鼻咽喉科医としてできる、愛する母国日本への最大の貢献と考えています。

私たちが今診察している子供たちが将来社会にでて立派に貢献することを夢見て。
そして日本という国が再び輝きを取り戻す日が来ることを切に信じて。

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